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御神徳

身代りの神様

御祭神藤原師賢公は、「身代りの神様」として信仰されております。1331年、鎌倉幕府倒幕の直接の契機となった元弘の変では、後醍醐天皇の御身代りとして比叡山に登り、幕府軍と対峙されました。「身代り信仰」は、古来より神道においても非常に大切にされてきた信仰です。

 古代より、人形が人間の身代りに厄を引き受けてくれると考えられてきました。地域によっては木や布で作った人形を子供に持たせ、魔よけとしていた風習もあります。一説では「ひな人形」の起源も、不幸は身代りとなって人形に受けてもらい、健やかな成長と幸せを願うようになったそうです。また、神道においても六月末日(夏越しの大祓)と十二月末日(年越しの大祓)には、「人形(ひとがた)」を用い、祓をするときに人間の「身代り」として用います。これで身体をなで、息を吹きかけることで、自身の罪・穢れ、災いを移して祓います。

「身代り」とは、「護る」ことの究極の形ではないでしょうか。家臣が主人を身を挺して護るように。親が子を身を挺して護るように。社長が会社を身を挺して護るように。身代りもまた「自然の理(ことわり)」なのです。小御門神社では、御祭神の御神徳により御守・御札が厄災をを引き受け、護ってくださるという信仰が根付いております。

 






学芸の神様

藤原氏北家の花山院家は、学問の優れた家柄でありました。師賢公も若くして和歌をたしなみ、勅撰集などに多くが入集しております。毎年多くの受験生が学業、そして志望校合格を祈念し御守りを求められます。また立身出世の神様、そして芸能の神様としても御神徳があるとされております。最近ではお礼参りとして、東京大学、千葉大学、上智大学などに受かったというお話も聞いております。

和歌みくじ(初穂料 百円)

和歌には「自然の理(ことわり)」が込められております。自然に生きましょう。

御祭神の諡(おくりな) 文貞公(ぶんていこう)